火炎と水流
―邂逅編―


#8 体育館裏っていったら決闘じゃん!

   

朝、登校すると、いきなり水流は五十嵐を問い詰めた。
「おい。おめー、夕べ、学校に忍び込んで何してた?」
「何だ? いきなり」
五十嵐は面食らったような顔をして水流を見た。
「おい。失礼だぞ。五十嵐さんに対して。礼儀ってものを知らねーのか? 転校生」
と手下の連中が騒いだ。
「フン。夜中にこそこそしてて礼儀も何もあるもんか。さあ、言えよ! 何してた?」
「フン。おれが夕べ学校にいたって証拠でもあるのか?」
「あるさ! このおいらが見たんだからな」
「へえ。見たんだとよ。そのチッコイお目目でさ」

「おい。よせよ。谷川。そんなこと言ったって、どうせ水掛け論になっちまうんだ」
と、水原が言って止めた。
「何でだよ? おいら、ちゃんとこの目で見たんだぜ。怪しいだろ? 夜中に学校のしかも職員室を荒らしてたんだぜ」
「でも、確かにそれが五十嵐さんだったって証拠もないんでしょ? 頭から人を疑ってかかるのはどうかと思うわ」
「何だよ、何だよ? それじゃ、みんなは、おいらがウソ言ってるって言うのか?」
「そうじゃないけど……」
と、みんな、一様に口ごもる。
「何か納得がいかねーんだよな。おいらは」
「そんじゃあ、納得がいくようにしてやろーか? チビ」
「納得がいくようにだって?」
「そうさ。今日の放課後、体育館裏の倉庫で待ってる。勇気があるなら出て来るんだな」
「ああ。わかった」

水流が言うそばから、五十嵐の手下達がからかった。
「あーら、いいの? 後で泣いても知らないわよ。ママのオッパイ、オッパイーってさ」
その言葉に、五十嵐達が一斉にゲラゲラと笑い出した。
(チッ! 昨日のおママごと見られてたのかな? でもま、かまやしないさ。こんな奴ら、おいらの力を使えばチョチョイっとやっつけられるんだ)
水流は心の中で毒づいたが、ハッと気づいて考えた。
(でも、おいらが普通の人間じゃねーってバレたら、やっぱ、火炎が困るかなあ?)
と、もう一度、目の前にいる五十嵐達を見た。
(けど、しょせんは人間じゃねーか。力なんか使うまでもねーさ。たっぷりおしおきして、今までのこと全部反省させてやる!)


放課後。水流が体育館裏に回ると、倉庫の扉は開いていて、中に人影が3つ、暗がりの中に浮いて見えた。倉庫の中には、ボールやマットや跳び箱などの体育用具が置かれている。五十嵐は、その一番奥の跳び箱の上に座っていた。そして、左右の丸めたマットの上に手下の二人がそれぞれ座ってニヤニヤしている。
「ホウ。感心にも一人で来たか。チビ」
と、五十嵐がせせら笑うように言った。
「当ったりめーだ。おめーは、相変わらずコブ付きかい? まあ、一人じゃ恐くって、オシッコチビリそうってんならしょうがねーけどな」
「うるせェ! こいつらは介添え人だ。手出しはさせねーから安心しろ」
と言って、五十嵐が跳び箱の上に立った。それでなくとも大きな体の五十嵐が余計に大きく見える。背後の明り取りの窓から斜めに陽が射し込むと、影が長く伸びて、その影が水流におおいかぶさった。

「フン。そんなことより、早いとこ決着つけようぜ」
「望むところだ!」
五十嵐はピョンとマットを飛び越えて床に着地した。
「ヘン。どっからでもかかって来やがれ!」
水流は余裕で相手の出方をうかがっている。と、すぐに決闘は始まった。五十嵐は速攻でパンチを繰り出して来た。が、水流は、ヒョイとそれを交わすと下から潜るように右手でアッパーをカマした。が、五十嵐もサッと体を退いてダメージを減らす。そして、間髪入れずにそのまま足払いをかけた。と、床に引っくり返る水流。が、すぐに起き上がり、五十嵐に突っ込んで、その腹に頭突きを決めた。ぐぇっ! とカエルがつぶれたようなうめき声をもらすと、さすがの五十嵐もその勢いに飛ばされてボールのカゴに激突し、それを弾き飛ばしてマットにぶつかった。
「貴様っ!」
五十嵐はそのボールのカートを引き寄せると水流めがけて思い切りけった。と、まだ体勢を立て直しきれていなかった水流がカゴの勢いに押されて倒れ、思わず掴んだカートが引っくり返って中身のボールが散乱した。

「ちっくしょー!」
水流が手近なボールを拾って投げると、五十嵐も同じようにボールをぶつけて来た。そうして、何度かそれを繰り返した後、突然、水流が五十嵐に掴みかかった。五十嵐は更にボールをぶつけて阻止しようとするが、水流はそんなボールはけり飛ばし、五十嵐の襟首を捕まえて引きずり倒した。
「こいつっ……!」
五十嵐もほぼ同時に水流の襟を掴んだ。そして、ネクタイをわしづかみにすると、膝を曲げ、下腹部を突いた。が、水流はグイと体をひねり、二人は組み合ったまま転がった。しかし、体の小さい水流の上に大きな五十嵐が乗る格好になり、体勢的に不利になった。で、何とか振り落とそうともがく。が、五十嵐は余裕で笑みを浮かべ、グイグイと体重を乗せて来た。しかも、掴んだ襟首を両手でギュウギュウ締め上げて来る。水流は喘いだ。

(くそっ! こいつ、思い切りやりやがって。人間だったら、とっくに死んでるぜ)
それほどに容赦のないやり方だった。
「どうだ? チビスケ。降参するなら今だぞ」
「ケッ! 誰がするかよ」
水流は、ペッとツバを吐きかけた。
「貴様……!」
五十嵐が逆上し、思わず掴んでいた右手を放して振り上げた。瞬間、水流は思い切り反動をつけるとその脇に肘鉄を入れ、けって強引にデカい五十嵐の体を横倒しにした。
「ケッ! 手間をかけさせやがって。さっきはよくもやってくれたな」
と、水流は、五十嵐の上に馬乗りになるとその首をダラしなく結んだネクタイでグイグイ締め上げた。
「うぐっ!」
五十嵐がうめいた。そして、片腕で水流の腕を強く掴み、もう片方の手でその首をねらってもがいたが、水流は、その手を緩めない。

「どうだ? 参ったか? このゲス野郎! 水流様をナメるとこういうことになるんだ。わかったなら素直に反省しな! そして、みんなに謝るんだ」
五十嵐は目を白黒させたままうなり声を上げている。勝利の女神は、水流に微笑んだ……かに見えた。が、その時。ガツンッ! いきなり頭に強い衝撃が来た。目から火花が散り、苦痛に頭を抱えてうずくまる。五十嵐が起き上がり、ここぞとばかりに水流の体を引きはがすと無造作に投げ捨てた。床にたたきつけられた水流は、ボンヤリとする視界の仲でバットを持った近藤の姿を認めた。
「テメーら……! 汚ねーぞ……!」
床に突っぷしたまま水流が片手で自分を殴った近藤の足を掴んで言った。
「ああ。ワリーな。この手が勝手に何かやっちまったみてーだな」
「勝手にやっただと……? ふざけるな!」
水流がわめき、もう片方の足も掴もうとする。が、その手を五十嵐がふみつけた。ぎゃっ!と水流が悲鳴を上げる。五十嵐はグリグリとその靴を床にこすりつけて来る。その間にはさまれた水流の手はたまったものではない。近藤の足を掴んでいた手を放し、五十嵐の足をどかそうと伸ばした。が、今度は左サイドからいきなり脇をけられた。ぐぇっ! とうなって、水流はエビのように体を丸めてうめいている。しかも、片手をふまれているので自由に身動きできない。

「ワリーな。今度は、おれの足が勝手に動いちまった」
などとしゃあしゃあと抜かしている。五十嵐も近藤もそれを聞いてニヤニヤ笑った。
(くっ! ちっくしょー! こんな奴ら。おいらの力を使えば、絶対負けやしねーのに)
水流は、グッと唇を噛み、苦痛に耐えた。
「やい、チビ。威勢がよかったのは最初だけかい? え? 何とか言ってみろよ」
と、三人はよってたかってけり続けた。そのウチ、誰かが砂を入れた袋を持って来て水流の頭にザザッとぶちまけた。うわっ! と水流はあわてて頭を振った。ザラザラと砂がこぼれ、濃紺の制服が砂色に染まる。ワイシャツもネクタイもヨレヨレのズタボロだ。
(せっかく火炎が用意してくれたのに……!)

水流は、カッと目を見開いた。
(水音が聞こえる……近くに川があるのか? よし! それなら、水が呼べる)
容赦なく続く彼らの攻撃に、水流の理性はぶっ飛んだ。
「ぐおぉぉぉぉ――っ!」
水流は水を呼んだ。その大いなる力は体育倉庫を取り囲み、その入り口から濁流となって押し寄せた。そして、三人の体は、たちまち水の渦に飲み込まれ跳び箱のはずれた段や平均台、バットやボールと共にクルクルと回り、浮いたり沈んだりしていた。
「ケッ! ザマぁみやがれってんだ!」

ところが、水流が、いざ水をひいてみると、連中の姿が見えなくなっていた。ボールや踏み切り台や跳び箱の段などが散乱する中、彼らの姿だけが見えなくなっていたのだ。

「バカな……! 人間が消えちまうなんて……ありえない」
そう思った時、突然、電光が閃き、今まで経験のないような衝撃が水流を襲った。
「ウ……!」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。気がつくと床に倒れていた。脳天からつま先までジンジンとしびれて動けない。
「く…そ……! 一体、何をし…やが……」
やっとの思いで指を動かし、微かに開けた目で連中を捉えた。聞こえる音も皆くぐもっていた。
「フン。水の坊やががんばったって感じだな」
五十嵐が言うと、そのつま先でツンツンと水流を突いた。が、反応はない。
「しょせん、五十嵐さんの敵じゃないってことですよ」
と近藤がおべっかを使う。

「で? こいつをどうするんです? とどめを刺さないんですか?」
「放っとけばいいさ。充分こりたろうからな。水は雷に勝てやしねえってな」
そう言って、カツカツと五十嵐はそこを離れた。
(雷だって……? それじゃ、あいつは……)
水流はそれですべてをのみ込んだ。五十嵐は雷使い。やはり、人間ではなかったのだ。
(ちくしょ。何であいつが……わかってたら、手加減なんかしなかったのに……!)
だが、すべては遅かった。水流は、完璧に自由を奪われ、口もきけずにそこにいた。
(情けねえ。おいら、ホントに……)
スーッと意識が消えそうになる。
その時、あわただしく誰かが入って来た。靴音は二つ。そのうちの一つが水流の方に近づいて言った。陽子だった。

「谷川君……! 何て、ヒドイ……」
陽子は、そっとその背中に手を置いた。
(あったけーな。女の子の手は……できることなら、ずっとそうしていてくれ……)
水流は苦痛から開放され、僅かに安らいだ。
「でも、砂地さんが」
誰かの声が言った。水流はハッとして目を開ける。
(砂地だって? こいつら、砂地の仲間なのか? でも、なぜ……?)
遠くに影が浮かんでいる。背中を向けているのは大柄の男……五十嵐。そして、斜めに向いているメガネの男……。あれは……? 何かを思い出しかけた。が、そこで水流の意識は途切れた。


目を覚ますと、そこは保健室のベッドの上だった。白衣の女性の後ろ姿が見える。天上も壁もガラスのついた棚も全部白かった。ツンと消毒薬の匂いが鼻を突く。
「気がついた?」
白衣の人は養護の先生だった。
「それにしても、ずい分ハデにやったわね。どう? どこか痛む?」
言われて水流はガバッとハネ起きた。
「ここは? おいら、一体どうして……?」
「ここは保健室よ。覚えてない? あなた、五十嵐君とケンカしたんでしょ? 水原君と陽子ちゃんが知らせてくれたのよ」
ああ、と水流が頭を振った。まだ、クラクラしていた。

「今ね、お家の人がお迎えに来てくれるって言うから、もう少し待っててね」
「え? 家の人って……まさか……?」
水流が言い終わらないうちに、誰かがドアをノックした。
「どうぞ」
先生が言うと、ガチャリとドアが開いて火炎が入って来た。
「面倒をおかけしまして……」
火炎が頭を下げると、擁護の先生はニッコリ笑って言った。
「いいえ。面倒なんて。今日は、ゆっくり休ませてあげてくださいね」
と言って水流に上着をかけてやった。
「ボタン取れてたからつけ直しておいたけど、一度クリーニングに出した方がよさそうね。それじゃ、これ、カバン。気をつけてね」
擁護の先生に見送られ、二人は保健室を出た。

「あのさ、火炎……」
水流がフラフラと歩きながら言った。
「ありがとな。迎えに来てくれて……それに、ごめんよ。制服、ボロボロにしちまって」
水流がすまなさそうに言った。が、火炎はそんな少年の顔など見ずに言った。
「気にするな」
火炎はスタスタ歩いている。が、水流の方は、実際、立っているのも精一杯だった。ユラリと崩れそうになり、かろうじて壁に手をつきながら、ここまで来たのだが……。
「火炎……すまね……おいら、もう……」
もはや限界だった。昇降口を出た所で、ついに水流がヘタり込んでしまった。そんな水流の様子をチラリと見て、火炎が言った。
「待ってろ」
そして、火炎は駆け出すと、自転車置き場から自分の自転車を持って来た。そして、前カゴからペットボトルを取り出す。しかし、振り向いた時には、もう少年の姿はなかった。火炎は苦笑すると、その命の元をすくってボトルに入れた。そして、キュッとフタを閉めると、自転車のカゴに入れて出発した。


ガタガタ揺れるカゴの中でボトルの水もユラユラ揺れてフツフツとアワだっている。が、それでも、水流にとっては原型に戻っているから、体力も回復し、大分楽になっていた。
「何かここ、きゅうくつだぞ」
ボトルの中の少年が言った。
「ガマンしろ」
火炎が言う。
「そう言えばさ、おいら、大変なこと聞いちゃったんだぜ。学校でさ。おめーも聞いたら驚くと思うよ。なあ」
「黙ってろ。人から怪しまれるだろうが」
「けどさあ、重要なことだからさ。おめーにも関係してる」
「わかっている」

商店街のカラフルな色彩がボトルに映っては消えて行く……。銀行の時計が五時を過ぎていることを示していた。
「砂地のことだろう?」
火炎は表情を変えずに言った。
「……どうして、それを知ってるのさ?」
火炎の前髪が風に吹かれてなびいていた。
「まさか、おめー、最初から知って……」
カタカタと小刻みに揺れるボトル。
「そうなのか? 知ってて、おいらを学校にやったのか?」
夕日に反射して、ボトルの水が一筋ギランとキラめいた。
「どうなんだ? 答えろよ」
水流が問い詰める。火炎は軽く息を吐いて言った。
「……そうだ」
水流は虚ろに流れて行く景色を見ていた。
「……そいじゃあ、おめーは、何もかも承知で……始めから、おいらを利用したのか?」
「そうだ」
風が薄闇を運んで来る。水流は沈黙した。そして、火炎も、もう、何も言わなかった。

やがて、アパートに到着し、キキッと火炎がブレーキをふんだ。カゴの中でボトルが揺れたが、やはり何の声もなかった。
「眠ったのか?」
火炎は部屋に入ると、水流のボトルをテーブルに置いて言った。
「桃香を迎えに行って来る。しばらくそうしていろ」
そして、火炎は出て行った。
ボトルの中でフツフツと小さなアワが生まれては消え、水底に沈んだ。